印刷会社の見積業務は、電話とFAXの往復で成り立ってきました。仕様を聞き取り、概算を出しても、部数の変更でまた計算し直しです。この往復をWeb見積に置き換える動きが、印刷業にも広がっています。本記事では、印刷会社がWeb見積を導入する手順を4週間のモデルで解説します。先に当社の意見を言い切ります。ツール比較から始める導入は、高い確率で設定の段階で止まります。先に片づけるべきは、価格表の整理です。
印刷の見積パターンを、掛け算してみます。
Web見積の導入で最初に向き合うのが、印刷特有の価格構造です。印刷は版や刷り出しの固定費が重く、部数が増えるほど1部あたりの単価が下がります。だから価格は1枚の一覧表に収まらず、数量スライド表になります。そこへ用紙・色数・加工の選択が掛かります。
どれほどの数になるか、チラシ1商品で実際に掛け算してみます。仮定は次のとおり置きました。
- サイズ: A4・B4・A3・B5の4種を対象にします。チラシの定番どころです。
- 用紙: コート・マットコート・上質の3銘柄×斤量3種で9通りになります。
- 色数: 片面4色・両面4色・片面1色・両面1色の4通りを見込みます。
- 部数: 100・200・300・500・1,000・2,000・3,000・5,000部の8刻みとしました。
掛け算すると、4×9×4×8で1,152通りになります。ここに加工が乗ります。PP加工の有無で2通り、折りはなし・二つ折り・三つ折りの3通りです。加工だけで2×3の6通りになり、総数は1,152×6で6,912通りです。
しかも、これは控えめな仮定です。
斤量を4種に増やすだけで、総数は9,216通りまで膨らみます。冊子ならページ数と綴じ方が掛かるため、桁がもう1つ上がります。白状すると、この掛け算の途中で桁を疑い、電卓を2回叩き直しました。この組合せの多さこそ、見積もりが営業の手作業に残ってきた理由です。ただし、逆の見方もできます。6,912通りの価格を生んでいるのは、数行の掛け算ルールにすぎません。人が悩んでいたのは計算ではなく、どのルールを参照するかでした。ルールさえ整理できれば、計算は自動化に向いています。
導入前に整理する3つのもの。
ツールの検討より先に、社内の情報を3つ整理します。ここを飛ばすと、どの方式を選んでも設定の段階で止まります。
1. 価格表
現行の価格表を、1つのファイルに集めます。多くの印刷会社では、価格表が営業担当ごとのExcelやベテランの頭の中に分散しています。まず「この商品は、この表で計算する」と言い切れる状態を作ります。数量スライドの刻み(100部・500部・1,000部など)も、この段階で確定させます。
2. オプション体系
加工や特急対応などのオプションを、加算ルールとして書き出します。基準は「PP加工は面積単価」「箔押しは版代+単価」と、式の形で書けるかどうかです。式にできない例外は、無理に含めません。持込用紙や特殊サイズは「個別見積」の窓口に逃がします。
3. 入稿要件
Web見積は受注の入口でもあるため、入稿条件を明文化します。対応形式・塗り足し・トンボ・カラーモードを、お客様が読める言葉で書き直します。PDF入稿なら、塗り足し3mm・トンボ付き・CMYKまで明記します。社内では常識でも、お客様には初めて聞く言葉である前提で書きます。ここが曖昧なままだと、公開後にデータ不備の確認往復が増えます。それではWeb化の効果が相殺されてしまいます。
どの方式を選ぶべきでしょうか。
先に立場を書いておきます。当社は3D対応の見積SaaSであるMitsumo3Dを提供しています。3つ目の方式には利害がある前提で、お読みください。
| 方式 | 向いているケース | 注意点 |
|---|---|---|
| フォーム+既存プラグイン | 商品が少なく、価格表が単純 | 数量スライドや条件分岐の表現に限界がある |
| セルフサーブ型の作成ツール | 定番商品を安価に自動化したい | 設定は自社作業。複雑な体系は作り込みが必要 |
| 3D対応の見積SaaS | 仕様の視覚確認や入稿データ連携まで求める | 初期費用は上がる。費用対効果の見極めが必要 |
商品が名刺だけで価格表がA4の1枚に収まるなら、WordPressのプラグインで十分です。逆に、6,912通りの掛け算をそのまま載せるなら、見積専用のツールが現実的です。
判断に迷うのは、定番商品が10品目前後の中間層です。セルフサーブ型で作り込むか、3D対応のSaaSまで踏み込むかの2択になります。正直に言うと、この2択は当社でも即答できません。数量スライドと加工の掛け合わせを設定画面で再現できるなら、セルフサーブ型が安く済みます。一方、箔押しやPPの質感で選ばれる商材なら、仕上がりを3Dで見せる価値が費用を上回ります。切り分ける基準を1つ挙げるなら、後述する第2週の検算で見つかる例外の量です。例外だらけの価格表は、セルフサーブ型の設定画面では作り切れないことが多いためです。
方式ごとの費用相場は見積もりシミュレーターの制作費用で整理しています。初期費用が壁になるなら、Web見積に使える補助金で負担を圧縮する道もあります。
公開までの4週間。
中小の印刷会社が定番商品から始める場合の、週次モデルです。
第1週: 対象商品を絞る
全商品を載せようとせず、名刺・チラシ・冊子などの定番から2〜3商品を選びます。選定基準は「見積依頼の件数が多く、価格ルールが明確なもの」です。件数の多い商品ほど、自動化の効果が早く数字に出ます。あわせて、直近1ヶ月の見積件数と対応時間もこの週に数えておきます。公開後の効果を測る基準値になります。
第2週: 価格ロジックを式にする
第1週で選んだ商品の価格表を、数量スライド表と加算式に落とし込みます。過去の見積書を10件取り出し、表とルールだけで同じ金額を再現できるか検算します。再現できない見積書が出たら、それが属人化していた例外ルールです。例外を式に含めるか、個別見積に回すかをここで決めます。4週間のうち、削ってはいけない工程を1つ挙げるならこの検算です。
第3週: ツールに設定し、突合する
選んだ方式に価格ロジックを設定します。外部に依頼する場合も、この週で仕様を渡します。設定が終わったら、過去の見積書との突合テストを必ず行います。1円単位の合わせ込みより、端数処理のルールを先に決めるほうが早く進みます。
第4週: 社内公開から本公開へ
まず営業担当だけに公開し、実案件で並行運用します。通知メールの宛先・受注後の処理・完結しない案件の引き継ぎ先を決めてから、貴社サイトで公開します。公開後の1ヶ月間は、Web経由の見積もりと手作業の見積もりの差異を記録します。差異が出た箇所から、価格表を補正していきます。
つまずきの多くは、準備の省略です。
- 価格表の属人化を放置したまま進める: 最も多いつまずきです。ベテランしか計算できない例外が残っていると、設定の段階で必ず止まります。第2週の検算が、その予防線になります。
- 全商品を一度に載せようとする: 商品数が多いほど設定と検証が長引き、公開前に頓挫します。定番2〜3商品で公開し、運用しながら広げるほうが確実です。
- 例外案件までフォームで受けようとする: 持込用紙や特殊加工まで自動化すると、設計が際限なく膨らみます。「個別のご相談はこちら」の逃げ道を必ず残します。
- 価格改定の運用を決めていない: 用紙代は変動します。誰が・いつ・どこを直すかを決めないと、Webの価格だけが古くなっていきます。
効果は、無償労働の削減で測ります。
Web見積の効果を「問い合わせが増えるか」だけで測ると、判断を誤ります。当社は課題整理の中で、見積業務をこう定義しています。見積もりとは、成約するかわからない案件のために先払いする無償労働です。失注した瞬間、その工数は丸ごと損失になります。引き合いが増えるほど往復も増えるため、営業が忙しいほど利益率は下がっていきます。この構造は「見積もりは無償労働」という考え方で詳しく書きました。
印刷会社の場合、効果は3つの面に現れます。第1に、定番商品の見積往復が消え、1件あたりの対応時間が減ります。第2に、受付が24時間365日になり、営業時間外の引き合いを取りこぼしません。第3に、仕様が確定したデータで届くため、聞き返しと入稿不備の確認が減ります。第1週に記録した件数と対応時間を、公開後の数字と並べてみてください。効果が感覚ではなく、数字で見えます。浮いた時間は、確度の高い案件の提案に回せます。営業の仕事が「来た見積もりに追われる」から「選んで追う」に変わることが、本当の効果です。
Web見積の導入は、ツールの導入である前に価格表の棚卸しです。第1週と第2週の作業は、どの方式を選んでも無駄になりません。仮に導入を見送っても、価格表が1つにまとまった状態は会社に残ります。貴社の価格表は、いまいくつのファイルに分かれているでしょうか。その数が1つになったとき、導入の半分は終わっています。